「そうかもしれないけど、 みくが産めない体なんだから仕方ないよ」
「これからは子供いないぶんみくにも働いてもらうし、お金がたまったら皆で旅行にでも行こうよ」
とにかく姑をなだめようとしたのか
声を大きくしてひとしきり話した旦那と姑は
「ほら、昔からヨーロッパに行ってみたいって言ってたじゃん」と別の話題で盛り上がり始めていた。
不妊治療を受けていたころ
担当医から旦那の不妊検査を進められ
恐る恐る相談をしたときに
テレビを見ながら聞いていた
旦那の表情がみるみる変わって
ものすごい剣幕で怒鳴られたことを想いだした。
認知症が進んで
話の内容はよく理解できないはずの義父が
なぜか悲しそうな顔をして私を見ていたけれど
私はしばらくの間その場で硬直していた。
不妊治療をやめてからは夫婦生活も一切ないし
会話もほとんどなくなった。
お互いに愛情はない。
『なんで死ぬまで我慢してこの家に居なきゃいけないんだろう。』
いつの間にか旅行から
家のリフォームの話をしている
旦那と姑を遠くに見ながら
私は十数年の同居生活で初めて感じた疑問を頭の中でひたすら反芻していた。
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